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■ 徳川三代による築城
徳川氏が入城した当初は、質素な城で、太田道灌築城時の姿を残した比較的小規模な城でしたが、徳川家は開幕までにそれまでの本丸・二ノ丸に加え、西丸・三ノ丸・吹上・北ノ丸を増築します。
また慶長8年(1603)に徳川家康が江戸開府して以降は天下普請により、本丸・二ノ丸・三ノ丸 (現在の
皇居東御苑) に加え、西の丸(皇居)、西の丸下(皇居外苑)、吹上(皇居吹上御苑)、北の丸(北の丸公園)の
周囲 16Kmにおよぶ区画を本城とした大城郭に発展しました。 工事には諸大名を通じて全国の大名が動員
されました。
江戸城天守閣の完成は、家康の孫・徳川家光の代の1638年です。以後200年に渡り江戸幕府の中核とし
て機能し、様々な政治的事件の舞台となりました。


■ 大火で焼失
ところが、明暦3年 (1657年)の、振り袖火事によって天守閣を含むほとんどの建物が焼け落ち、その後、天守閣以外の建物は再建されましたが、再び天守閣が江戸の空に威容を誇ることはありませんでした。今も、皇居東御苑に当時の天守閣台座が遺っています。


■ 江戸城天守閣再建にむけて
江戸城は、江戸時代までの日本の総力で作り上げた人智・技術・工芸の結晶です。その天守閣再建は、日本の貴重な文化遺産の再生であり、 日本らしさを体現する偉大な歴史的モニュメントになります。 と同時に国際的にも大きな反響を呼ぶ東京の新しいシンボルとして日本の国づくりにも必ずや貢献するものと確信しております。
私どもサンライズ・グローバル・ジャパン(SGJ)は、明暦の天守閣の構築図と推定される版木を長野県飯田市で発見しました。
今、これを世に問い、きたる 2016年の東京オリンピック招致運動にあわせ、江戸城天守閣再建と皇居を世界遺産に登録する運動を勇猛果敢に進めてまいります。


2016年 の東京オリンピック・招致運動にあわせて準備を進めましたが、東京への招致が失敗に終わったことで、 張り詰めた緊張感が飛んでしまい、虚しさが残りひと頓挫せざるを得ない状態になりました。


★まぼろしの版木から、掛け軸と額をつくり、支援活動の証として会員の皆さんのに お持ちいただく「江戸城天守閣再建支援品」の作成に取りかかりました。
この売上金の一部が「江戸城再建活動」と「震災復興」に寄付されます。

A 築城図軸装 (二重箱・箱書き)
B 築城図額装
C 版木図写真額装
D 築城図色紙額装
E 鑑定書 (蛇腹教本)
F 鑑定書 (軸・桐箱入り)

★「江戸城天守閣図版木図」の製作について

条件が整って来たので、版木図をどのように作成すれば良いか企画に入った。

1. 紙をどうするか。
2. 印刷はどうするか。
3. 刷り上がった物に何を付け加えるか。
4. 掛軸・額をどうするか。

何はともあれ、これらの工程をこなして、一つの作品に仕上げなければならないこととなつた。


1. 紙の調達
長野県飯田市周辺は江戸時代より農家の副業として紙の生産が広く行われていたので、伊那谷で作られる和紙を使うことにした。と、決めては見たものの探しても生産者がなかなか見つからない。たまたま飯田市松尾城の中村昭夫氏が、当時も和紙を扱 っていたので訪ねると、。。の。。。。を紹介された。
  。。。。は、農家を営む傍ら、冬季に和紙の生産をしているこの地方の最後の「すき師」であった。良かった!たどり着くことが出来て、無理を言って希望する和紙をすきあげていただいた。


2. 印刷
版木摺り印刷は杉本印刷の杉本章雄社長に印刷を依頼したが、当時、好き上がった和紙を印刷する技術がこの地方にはなかった。紹介された。。。。は、特殊な技法を持つ会社で、大理石に投射しての刷り方は、50枚で石が摩滅してしまい、その作業を繰り返してゆく工程だと聞いて驚いた。


3. 写真印刷
版木写真印刷は、TY氏の友人である東京のK印刷所にて、エアーブラシ方法による制作であった。


4. ● 文応の父渡邉義応は、来迎寺の 第19世であり、このたびの流れを多少理解してくれていたので無理を承知でお願いしたところ、快く受けてくださったことが心強く、私たちの作業の力となった。
「江府城御天守圖版木 信州飯田観音来迎寺所蔵 静誉義応摺」桐箱には、表に「江府城御天守版木摺圖」内に「信州飯田観音 静誉義應」と、魂を入れてくださった。

  ● 版木摺圖の印影
この作業は難関であり、難解であった。こんなにも苦しまなければならないとは、知識の無さに全くうんざりした。
天守閣とは、城の本丸の中央に、一段高く作った櫓(やぐら)である事は承知しているが、これは神の居場所である。この世での人間の生きる証の最果ての望みが、ここに具現化されたものである。欲望の究極が天守閣の築きとなるその根底にあるものとは 、「こころ…心…」である。心がすべてを創り上げてゆく幻想である。
  そこで、印の丸の中に、わけのわからぬ 模様みたいな 文字みたいな?櫻井泰堂は来迎寺第18世であり気宇の書家であった。彼が第19世渡邉義應へ手渡した遺品の一つであったものを第20世文應に渡されたのが、陶器で造られた丸い印鑑である。手渡された時に父に訪ねたが、ニコニコしていて何も言ってくれなかった。
  一体なんと読むのだろうか?暫し謎めいたハンコであったが、寺が白雲山という山号の「雲」の草書体からヒントを得た。

   
   
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